・『付呪された箱』 バーン、マクスウェルにラベルのない箱について問う 一回目(インターバル)  「その箱だけ焼き印がなかろう。   ――中身が気になるか? !フキダシ(バーン)  「いっ、いえ、そのような……。  「お前がそれに手を伸ばすのを見た。  「ッ!?  「申し訳……ありません……。   本当は、気になっておりました。  「よろしい。  「それに入っているのは"アガルタ"。   レペンスの中でも最高級の赤だ。  「レペンス社のワイン"アガルタ"……。  「名前だけは存じております。   価格も希少性も極めて高い品だと……。  「希少性はキーリほどじゃあないがな。  「とはいえ、高価な品には違いない。  「だからこうして、魔術を施した   "特別"の箱で保管しているわけだ。 ?フキダシ(バーン)  ( エンチャントの施された箱だったのか?   魔術的な気配は一切感じなかったが…… )  「そいつは俺の一番の気に入りだ。   次はお前にも飲ませてやるよ。  「弱いとはいっても、まったく   飲めぬわけではないのだろう? !フキダシ(バーン)  「お、お誘いは大変感謝いたします。  「しかし私は、酒についての   造詣はまったくありません。  「私が飲めるのは軽いのばかりで   "アガルタ"のような複雑な酒が   理解できるとも思いません。  「あなたのお相手ができるとはとても……。  「知っている。  「お前に恥をかかせようなんて   魂胆はないから安心しろ。  「初めは味などわからなくてもよい。   理解などはさらにどうでもいい。  「お前はまだ若いのだから、類を問わず   良いものには積極的に触れておけ。  「カリスのバカに付き合って   酷い安酒ばかりあおっていては   そのうち舌が腐り落ちるぞ。  「……。 二回目  ( "次は"ということは、ディケイ卿は   これからも私と会われるつもりなのか? )  ( 悪意を持ち挑発してきたかと思えば   馴染みの友のように親しく振る舞い、   今度はひいきのものを可愛がるそれだ )  ( 一体、彼は私をどうしたいのだ…… ) 一回目(真実を聞いた)  「マクスウェル殿――。   少しお伺いしてもよろしいですか?  「もちろんだとも。何かな?  「先ほどこの箱には、特別の   付呪が施されていると聞きました。  「ですがどういうわけか、箱からは   魔術的な気配が一切感じられません。  「差し支えなければ、何のエンチャントか   教えてはいただけませんか?  「分からぬか。  「ならば俺の付呪術師としての腕も、   まだ捨てたもんじゃあないな。  「と、おっしゃいますと――?  「そいつに付与した魔術は三重構造でな。  「先に施したのを感知されぬため、   魔封じのルーンを二重にしているのだ。  「エンチャントの三重付与!?   それはまた高度な技術ですね。  「まあな。完成に一週間かかった。  「何しろ第一エンチャントが強力ゆえ、   完全に気配を消すのに苦労したよ。  「メインが隠せても、それを隠すための   細工を悟られては意味がないからな。  「だが呪術の手練れたるお前が   気づかぬのならば問題なかろう。    「呪術? エンチャントは呪術なのですか?  「中身が高級ワインとのことで、てっきり   保存にかかわるものかと思いましたが……。  「そいつに付与したのは《魂砕きの呪法》だ。  「魂砕きの呪法ですって!?  「触れれば即死の呪殺術ではありませんか!?   それを二重にして隠してあるなど――ッ。  「お前なら死んでいた。  「お前を俺の部屋をウロチョロするのを   見張っていたのは、品性を疑ってではない。  「そいつにうっかり触れてしまわぬか、   気が気ではなかったのだ。許せ。  「で、では、なぜそのように危険なものを――。  「……。  「カリスだ。 !フキダシ(バーン)  「一週間前、あろうことかあの男は   この箱から"アガルタ"を持ち出しだ。  「それもただの"アガルタ"ではない。   希少な良作年のもはや手に入らぬ品だ。  「俺は、妻の誕生日に開けようと   半年前からずっと楽しみにしていた。  「それをあの男は!!!  「『たまたまエールが切れたからワインでも    よいかとお前のを一本拝借した』――だと?  「ふざけるな!!!  「水と酒の違うもわからぬくせにッ!   よくもシエラに捧げる至高の酒を――!  「絶対に許さぬ。殺してやる。 !フキダシ(バーン)  「次に箱に触れたときがあれの最期だ。   せいぜいもだえ苦しむがいい。  「ちょッ――ちょッ、   ちょっとお待ちください!  「確かにカリスのしたことは許されぬ所業。   卿(けい)のお気持ちお察しいたします。  「で、ですが、殺すなどというのは――ッ。    「確実に息の根を止める覚悟でやらねば、   あの男には傷一つつけられぬ。  「エール片手に《星落とし》を放つ男だ。   憎らしいが魔道においては格が違う。  「よいか。これは戦(いくさ)なのだ。   手段を問うてる場合ではない。  「そして俺はお前を信用して話をした。   つまり――"意味"は分かるな?  「……。  「このことは……、   誰にも他言いたしません……。    「よろしい。  「俺はバカと薄めた酒が、この   宇宙(アーグカマル)で何よりも嫌いだ。  「だが実のところ、お前のような   若くて思慮深いのには目がなくてな。  「カリスの能無しさえ死ねば、   俺の手元に置いておけるのだが……。    「……。 二回目(真実を聞いた)  ( カリスに非があるのは明らかだが、   ディケイ卿も何もここまでしなくとも…… )  ( 冷静で忍耐強い方だと思っていたが、   奥方のこととなるとまるで別人ではないか )  ( やはりふたりはどこか似ている……。   指摘しても必ず否定されるだろうが )