・『バーンの本心』 マクスウェルとバーン、カリスについて語る 一回目  「カリスのことが嫌いか? !フキダシ(バーン)  「なんですって!?  「嫌いというのは少々語弊があるな。   疎ましい――といった方が正しいか。  「カリスはお前に対して単純に好意しかない。  「お前の成すこと、思うこと、   すべてを好ましく思っている。  「だがお前はあれに対して、もう少し、   複雑な感情を抱いているのではないか?  「質問の意図が、よく分かりません……。  「たとえば帝国魔道士どもの憎悪についてだ。 !フキダシ(バーン)  「普通に考えれば半年で塔の魔道士に   上り詰めたカリスの方が、お前よりも   はるかにねたみの的となりそうだ。  「しかも"自称"腐海人というだけで、   どこの馬の骨とも知れぬ男だぞ――?  「おまけに振る舞いは型破りもいいところ、   制服の着用すら拒みボロを纏い続ける始末。  「発言から振る舞いまで"完璧"で、   "隙の無い"お前とは大違いだ。  「……。  「にもかかわらず、奴らの   やっかみの中心は相も変わらずお前だ。  「お前がこれに理不尽を感じぬはずがない。  「"なぜこんなにも努力しているのに、    いまだ自分だけが認められないのか"と。  「それは……彼が、私などとは   比べ物にならぬ鬼才だからでしょう。  「ふん、そいつも一理あるな。  「あれは阿呆だが魔道の才だけは飛びぬけている。  「そもそも"しっと"という感情自体、   手の届きそうな相手にしか抱かぬものだ。  「だが俺が見た限り役員魔道士の連中で、   お前ほどの実力者などひとりもいないぞ。  「お前もそれを分かっているから、   侮辱されるとはらわたが煮えくり返る。  「私は……。  「私はおそらく――いえ確実に、   人の上に立つ器ではないのです。  「それは私自身が一番理解しています。  「だからせめて魔道と振る舞いだけは、   完璧であろうと努力しています。  「ですがそれすらもうまくいきません……。  「カリスのことは友として尊敬しています。   ですが同時に、羨ましくて仕方がない。  「そして彼にこんな感情を抱く自分が、   とても浅ましく、嫌になるのです……。  「ひとというやつは面倒な生き物でな。  「"完璧さ"や"隙の無さ"は、逆に、   しっとや憎悪をあおる場合もあるのだ。  「さらにそういった人間から発せられる、   "正論"などは――特に、な。  「……。  「――オブシディア、   お前は良くも悪くも真っすぐな男だ。  「だからこそカリスは、お前が   可愛くてしょうがないのだろう。  「俺もお前のような男は嫌いではない。  「たとえ、お前が何をしようが、   連中はお前のことを憎み続けるのだ。  「お前はそんな奴らにまで気に入られたいのか?  「考えて……みます……。  「好きにしろ。 二回目  「……マクスウェル殿。  「なんだ?   優等生ごっこをやめる気になったか。  「なぜ、このようなお話を私に?  「……。  「カリスだよ。 !フキダシ(バーン)  「『オブシディアは会議の最中は普通なのに、    終わるといつも顔面蒼白で倒れそうだ』  「『どうしたのかと問うても何でもないとばかり、    我はあれが心配なのだが理由が分からない』とな。  「カリスがですか!?  「ふざけていると思ったか?   だが、あの男は本気だ。  「お前もあれとの付き合いが浅からぬゆえ、   そろそろ気づいているかもしれないが――。  「カリスという男はひとの心の機微に、   おそろしく、いや壊滅的に鈍感なのだ。  「これでも前よりはマシになったんだがな……。  「で、では……もしや私の立場にも……。  「今お前に話したことをあれに言ったら、   それはもう酷く動揺していたよ。  「『まったく知らなかった』――と。  「……。  「これも"大切な友"であるお前でなければ、   一生、気がつかなかっただろうなあ。  「ずいぶんと憤っている様子だったからな。  「次の会議からはお前の代わりに、   言いたい放題やってくれるだろうよ。  「敵も増えるだろうがあの男には関係ない。  「何しろ日がな一日、こそこそ陰で、   侮辱されていることにすら気づかぬ男だ。  「か、彼は気がついていないのですか!?  「表立ってされても分からぬと思うが?   よしんば気づいても何も感じぬだろう。  「そんな……バカな……。  「カリスとはそういう男なんだよ。  「あれは基本的に他者の存在に興味がないのだ。  「興味がないから何を言われようが、   どうでもいいし、気づかない。  「……。  「つまりあれと己を比べて落ち込むのは、   ナンセンス極まりないということだ。  「どういう縁が出会ってしまったのだ。   せいぜい互いに魂(こころ)を磨くんだな。    「彼ともっとよく……話し合ってみます。  「お前たちは本当におあつらえだよ。 三回目  「実はお前がバカどものねたみから、   容易く開放される方法があるのだが。  「――知りたいか?  「え……。  「権謀術数渦巻くとはいえ所詮は魔道士。   王宮の魑魅魍魎と比べればまるで児戯よ。  「俺ならば、そうだな……。  「まずは役員魔道士同士を互いに反目させ、   勢力がひとつに結集するのを防ぐ。  「現在、役員魔道士には二種類いる。  「エリートたるセントラルウィザードと、   出世街道を外れた地方支部長どもだ。  「ここから切り込んでいくのがよかろう。   前者の優位性と後者の劣等感を利用する。  「上手く幹部同士で競うように仕向け、   奴らのしっと心や怒りをあおるのだ。  「そうした対立構造ができればこちらのものよ。  「あとは放っておいても互いの揚げ足取りで   手一杯、お前に構う暇などなくなる。  「具体的な策もいくつか用意してあるぞ。   どうだ――試してみるか?  「マクスウェル殿……あなたは……。  「ハッ、冗談だよ。  「まあ俺がアークメイジになったら、   どうするかは分からんがな……。  「なんてな。そんな日は来ないから安心しろ。  「……。 ・『タンスの中身は』 マクスウェル、バーンの行動を問う 一回目  「開けたな。 !フキダシ(バーン)  「な、な、な――ッ!?    なん、何のお、お話しでしょう!?  「開けたな。  「……。  「開けました……申し訳ありません……。  「よろしい。  「金糸に絹の着物でも詰まっていると思ったか?  「だとしたらとんだ期待はずれだったろう。   悪いが俺は、着物になど興味はない。  「し、しかし、帝国貴族ともなりますと、   レウコトエでの晩餐会に呼ばれたり、   色々とその大変なのではありませんか?  「まあな。あれこそまさに無駄の極みだ。  「断れるものはすべて断るが、   それでも立場上断り切れぬものもある。   「そういった場合は、どうされるのですか?  「魔道士の制服を着ていくんだよ。  「あれならば毎度同じもの着ていても、   貴族連中は何も言わない。  「俺は帝国貴族でありウィザードなのだから。  「なるほど……。  「あとは適当に、見栄えのいい   アーティファクトを身に着ける。  「魔力の盾の指輪や銀の触媒はいいぞ。   勝手に高価な品だと勘違いされる。  「それ以前にこの俺に馴れ馴れしく   近づこうなんて奴は叩き斬ってやる。  「もちろん"言葉"で穏便に、だぞ?  「はあ……。 二回目  「お前もマスターウィザードという立場上、   これから先、レウコトエに呼ばれるだろう。  「王宮は学院以上の掃き溜めだが、   お前は何ひとつ心配することはない。  「貴族連中の注目は、   白のカリス殿に釘付けだろうからな。  「あの男の奇行に勝る隠れ蓑はあるまいよ。  「馬鹿と阿呆が互いに騒いでちょうどいい。   レウコトエも少しはマシな場所になろう。  「いい友を持ったな、オブシディア?  「……。  ( やはり私もいずれ、   レウコトエへ行かねばならぬのか…… )  ( 気が重いな…… ) ・『カリスの私生活』 バーン、マクスウェルに友の心配を語る 一回目  「マクスウェル殿……。  「カリスのことで、前々からひとつ、   お伺いしたいことがあるのです。  「《アグニの従者》のタブーを検証するために、   足の小指を引っ張ったというあれか?  !フキダシ(バーン)  「そッ、その話ではありません!  「それはもう彼と私の間で、いつもの   タチの悪い冗談だったと話がつきました。  「どうだかなあ……。  「わ――私がお聞きしたいのは、   彼の私生活についてです。 ?フキダシ(マクスウェル)  「見たままだろう。  「飲んだくれてるか、お前に絡んでるか、   そうでなければ本に埋もれてかのどれかだ。  「たまに酒と紙代を稼ぐために、嫌々   錬金にも手を出しているようだが、   あの男にすれば大した手間ではあるまい。  「そう、あなたの仰るとおりだ。   だからこそ彼が心配なのです。  「彼は一体――いつ、どこで、   寝ているのでしょうか?  「以前、彼の部屋を訪れたときは、   文字通り足の踏み場もない状態でした。  「床はよく分からぬガラクタで溢れ、   壁には蜘蛛の巣が張っている始末。  「せめて窓掛けだけでもと試みたのですが、   積みに積み重なった本がそれを許しません。  「実験棟にある専用室も同様です。  「私もできる限り手を貸すのですが   三日もたてば、元の木阿弥……。  「あれではまるで腐海の"穢れ溜まり"です。  「あそこはヒトが、いえ《神》すらも、   生きていける環境ではありません……。  「だが、死んでないのだろう?    あの男はついに神をも超えたわけか。  「くだらん。放っておけ。  「し、しかし――ッ!  「それでは彼は、ゴミにまみれた、   冷たい床で寝ていることになります!  「いえ、実際は身体を横にする空間すらない、   空の酒瓶に埋もれうずくまり眠るのです。  「彼は仮にも月を司る塔の魔道士、   これはあんまりではありませんか……。  「自業自得だ。  「それに蜘蛛の巣は錬金術の材料になる。   あれにとっては都合がよかろう。  「……。 二回目  「マクスウェル殿……実はまだ……。  「――オブシディア。   お前にひとつ助言をしてやる。  「たった三文節で今からすぐに使える代物だ。  「カリスは、放って、おけ。 !フキダシ(バーン)  「あれはもういい歳した大人だ。   お前が思っている以上にずっとな。  「かいがいしく世話を焼いてやる   必要など小指の先ほどもない。  「むしろつけあがらせるだけで、   事態を悪化させるばかりだぞ――?   「だから放っておけ。  「で、ですが――!  「あの男がなぜ"お前の"衣装棚から、   足袋を盗むのか分かるか?  「彼の部屋は先述の通り酷い有様です……。  「儀式用の礼服すら行方不明のまま。   ましてや靴下など見つけられるとは……。  「見つけられぬのが問題なのではない。  「必要ならば俺の足袋を持っていけばいい。   部屋は隣で、サイズもほぼ変わらぬ。  「それ以前にあの男に着物のサイズや   色の違いが、分かるとは思えんが……。  「確かに……。  「さらに言えばあれは服装など気にしない。  「会議だろうが、会食だろうが、   平気でボロを纏い続けているのだ。  「そんな男が足袋が片方ないことくらい、   本気で、気にすると思うか?  「で、ではなぜ彼は私の靴下を……?  「お前の反応が面白いからに決まっておろう。 !フキダシ(バーン)  「お前から盗めばお前は必ず奴をとがめる。   そのときのやりとりが楽しいのだろう。  「ようはお前の気を引きたいんだよ。  「そのためならば足袋でも石鹸でも、   へそくりでもなんでもいいのだ。  「そ、そんな幼稚な理由で!?   いくら彼が大人気ないからとて……。  「……。  「ほかの理由は見つかったか?  「私は……どうすればいいのでしょう……。  「だから最初から言っておろう、   "放っておけ"――とな。  「まあ慰めになるかは分からんが、   カリスに悪意はない。微塵もな。  「おそらく自分の行動がお前の気を引くため、   ということすら気づいてないかもな。  「その辺りをうまく自覚させてやれば、   "無断拝借"は減るかもしれぬ。  「代わりに別のちょっかいが増えるかもしれんが。  「なるほど……それは良い案ですね。  「明日、さっそく試してみます。   彼を傷つけずに伝えられればいいのですが……。  「マクスウェル殿、   ご助言いただきありがとうございます。  「何と言おうか、お前は本当に……。   カリスの奴が憎たらしくなってきたよ。