守り人小ネタ(バーンとアドラール)

初期~中期は単純にバーン一人を主人公としてシナリオ描いていたため彼のパーソナリティをかなり掘り下げていました。結局その方向性はやめてしまったのですが、この辺りは読み物として大丈夫そうなので載せます。

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善きもの、美しきもの、喜ばしきもの。
そなたの魂(こころ)はそれで溢れている。

理想、そして夢。

そなたはつねに、真に
   義しく美しきものへの探求者であった。

それを偽善だと、ただの夢物語にすぎぬと
嘲り謗(そし)り続けてきたのは誰だ!?

そう――”選ばれなかったもの”たちだ。

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 バーンはあらゆる憎悪を意識の奥深くに隠匿している。それは他罰的な思考は(たとえそれが正当なものであっても)何よりも恥ずべきものという従者の教えに根差す。彼の価値観の大半は極度な禁欲主義に傾倒した従者の教えに支配されている。
 しかし彼の内面はつねに「自分は不当に扱われてきた」(アグニの従者に選ばれる・領地と引き換えに人質として帝国に差し出される・魔道士ギルド内での人種差別)という激しい怒りとそれらに基づく「自分は何も出来ない・変えられない」という無気力に苛まれている。遠い異国への情景を始めとする空想上の”自由”(これはカリスの抱く”ヒトらしさ”に通ずる)に逃避しているが、たとえ帝国人魔道士、そしてアグニの従者としての立場がなくなったとしても何も変わらないどころか唯一の逃げ場まで失うだけだと思っている。かつてカリスから玉蘭(ユイラン)へ海を見に行こうと誘われた際、激しく拒絶したのはそのため。逃げ場としての自由の象徴”海”を見てしまえばもっとも憎んでいる無力で惨めな自分と向かい合わざるをえなくなる。
 カリスと異なるのは、彼は彼の主観だけで彩られた”ヒトらしさ”を現実に存在するものと思い込んでいるのに対し、バーンは自分が抱く”自由”は逃避から生まれた妄想だと自覚している。
 自分の意志とは無関係に課せられた役割を憎む一方で、その役割を捨てリスクを伴う(本当の意味での)自由を手にする勇気はない。彼がカリスに強く惹かれるのはカリスという人間が彼にとって幼いころから抱き続けた遠い異国の情景――”ここではないどこか”そのものだから。アドラールは彼の憎悪を肯定し不条理とは悪であり彼には”他者を憎む権利”があると説く(そんな権利は存在しないがバーンには己の憎しみを肯定し表出するためにアイデンティティに深く根差した従者の掟を上回る超越的存在からの”許し”が必要だった。これは彼の心を大きく動かす)ここでのアドラールは自分の星たるバーンを苦しめる存在(=闇。矛盾や揺らぎ不条理は秩序なきもの、混沌、つまりオグドルの産物。だが混沌とは同時に自由でもある)に人間的な怒りを感じている。

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